2021年度9月期卒業式告辞
9月期卒業生の皆さんご卒業おめでとうございます。またこの日を迎えた保護者の皆様のお喜びはいかばかりかと存じます。心よりお祝い申し上げます。今、ここには学士号を取得した学部卒業生31名を迎えています。
さて、新型コロナウイルス感染症の拡大が続いて1年半以上を経過しました。当初は、1年ぐらいで収束するのではないかとみられていたのですが、より強力なデルタ株の出現によりウィズ・コロナの生活が続いています。皆さんの大学生活の後半は感染症により、対面授業よりはオンライン授業が多い毎日となってしまいました。
人類はこれまで、ペスト、コレラ、天然痘、インフルエンザ、エボラ出血熱等々の感染症と戦ってきました。別言すれば、多くの悲しい犠牲を伴いながらも、それらを克服してきた歴史をもっています。もちろん、その克服は、ワクチンの開発等、近代医学の発達によるとはいえ、細菌やウイルスが発見され、ワクチンや特効薬が開発されるまで、これらの目に見えない感染症との戦いは壮絶なものがありました。
今日の卒業式の告辞では、私の専門である17世紀イングランドにおいて、1665年にロンドンを襲ったペストについて記した記録文学を取りあげることにしましょう。ダニエル・デフォーが書いた『ペストの記憶』A Journal of the Plague Year(1772)という作品がそれです。ペストは、今回の新型コロナウイルスとは異なり、ウイルスではなく、細菌によって感染症を引き起こしました。ペスト菌に感染すると、高熱、頭痛、精神錯乱などの症状とともに皮下出血が生じ、それが黒い斑点のように現れることからヨーロッパでは「黒死病」と恐れられてきたのです。ロンドンのぺストは、肺ペストですから、新型コロナウイルス同様、ペスト菌が含まれる咳や痰などの飛沫を吸い込むことで感染しますが、発症から3日以内に死亡する確率が極めて高いという恐ろしい特徴をもっています。
デフォーといえば、『ロビンソン・クルーソー』漂流記の著者として有名ですが、信仰熱心な改革派プロテスタントの信徒でもあり、『ペストの記憶』を読めば、当時のロンドン市民は、どのように感染症パンデミックに立ち向かっていったかが分かります。最初の死亡者がでたのが1664年の年末、翌年の春から猛威を振るったペストは、9月末にいったん収束しますが、市民の気のゆるみや、ロンドンから逃走した市民が戻ってくることによって、感染第2波を引き起こし、翌年2月に収束するまでに、当時60万人といわれたロンドンの人口のうち約10万人の市民の命を奪いました。なんと6人に1人が死んだわけです。「意図せざる結果」でしょうか、アイザック・ニュートンが万有引力の法則を発見することが出来たのは、この1665年のペストによってケンブリッジ大学が閉鎖され、対面授業がなくなり、古里で深く思索を巡らす機会が与えられたからだといわれています。
さて、ペストによるパンデミック下のロンドンはどうだったのでしょうか。国王や貴族、金持ちたちは、密集したロンドンから逃れるように田舎に逃走しました。市長と28の行政区の区長は、隔離政策として、感染者の出た家屋の封鎖を命じます。たとえ、すべての家族が感染していなくとも、有無を言わせず、感染拡大を防ぐことを口実に、家族全員の外出や知人の訪問を遮断しました。建物の中にいる、未感染者の家族は堪ったものではありません。その不安は、想像を絶するものがあります。人間の出入りを遮断し、封鎖された家屋に食糧を届けるために、監視人を置きました。監視人には、ペストによって失業した貧しい市民が雇用されました。
それから、人が大勢集まるので芝居の禁止、ロンドン市や職能組合であるギルドが主催する宴会の禁止、そして、コーヒーハウスや居酒屋を閉鎖します。市長や行政区長はこうした強権的な側面を持ち合わせていたのですが、他方で、パンや食料の安定供給と物価の高騰の抑制を約束・履行し、建物から死体を夜間にひっそり運び出し、夜の明けないうちに共同墓地に埋葬することによって、市民の恐怖心の除去に努めました。また自ら路上に出て、身の安全を確保したうえで、危険な地区を視察し、市民からの陳情に応えることによって、心のケアにつながるメッセージを丁寧に発信していました。このような丁寧に説明するリーダーの存在が「市民の精神状態を大いに恢復させることになった」のです。
市民も、ソーシャルディスタンスの確保を心がけました。人間の接触を避けるために距離をとって歩き、道路の両脇の封鎖された家屋から人が出てくるのを警戒するために道路の真ん中を歩きました。非接触型電子マネーの先駆でしょうか、買い物では釣銭をもらわないように小銭をたくさん用意し、店でも客が出した金には直接触れずに、消毒効果のある酢を満たした壷に入れさせました。
このように350年以上も前のペストの出来事ですが、人類はパンデミックと戦ってきたのです。その後、近代医学が発展し、細菌やウイルスは発見されましたが、いまなお私たちは目に見えぬ感染症の危機の中にいます。しかしながら、皆さんが卒業し、これから生きていく時代は、350年以上も前のロンドンのように、市民が市民を監視するようなアナログ的な仕組みで動いていくのではありません。これからの感染症との戦いには、デジタル技術が用いられ、いわゆるデジタル監視システムが導入される時代が来ているのです。
これまでの日本は、デジタル技術が、個人のプライバシーの侵害につながることを懸念して、それを感染症の拡大の防止に応用することは抑えられてきました。しかしながら、ワクチン接種の証明アプリや、GPSにより感染者との接触を知らせるスマートフォン・アプリなど、デジタル技術が感染症防止に用いられる時代になっているのです。私たちは、生命の尊厳を守ることを目的にして、個人の自由の保護と感染症防止のためのデジタル技術導入の間に、折り合いをつけていかなければならないのです。もし、この両者の間に緊張関係がなければ、「個人の尊厳」の根拠である「個人の自由」はいつの間にか奪われ、個人は全て国家の意図するままに操作されるディストピアが出現するでしょう。新型コロナウイルス感染症は、このような現在と未来を私たちに教えているのではないでしょうか。
いま、東北学院大学を卒業されようとしている卒業生の皆さん。東北学院大学は、建学の精神であるキリスト教による人格教育の下に、LIFE LIGHT LOVEをスクールモットーとする大学です。この教えの下に、19万人以上の卒業生がこの学窓から羽ばたいていきました。LIFEいのちとは、文字通り、生命の大切さであり、自由を持つ個人の尊厳の尊重です。LIGHTひかりとは、この大学で学んだ知識や技術をもとに、社会に貢献していく光り輝きです。LOVEあいとは、隣人愛をもって他者を愛し、誰からも愛される豊かな人間性です。これらの教えの下に、感染症パンデミックによって大きく変化しようとしている時代を確実に捉え、厳しい時代だからこそ希望をもって生きていってもらいたいと願う次第です。
ご卒業を心より祝福し、挨拶とします。
2021年9月30日
東北学院大学 学長 大西 晴樹