2019年度卒業式告辞
東北学院大学を卒業される2552名の皆さん、2人の博士号取得者を含む大学院を修了される49名の皆さん、ご卒業おめでとうございます。またこの日を、心待ちにしてきた保護者の皆様のお喜びはいかばかりかと存じ上げます。学長として、心よりお祝い申し上げます。
新型コロナウィルス感染症の拡大により、学部卒業生、大学院修了生、保護者が一堂に会しての卒業式を挙行することができません。各自、指定された時間と場所で学位記を受け取ることになります。戦争以外の理由で卒業式が挙行できなかったのは、2011年の東日本大震災の年に次いで二度目のことです。東日本大震災の折に、余震や停電が続いていたために、卒業式を挙行して学生たちを社会に送り出してあげられませんでした。それを悔いてきましたので、今度こそはという思いから、決断をギリギリまで引き延ばしてきたのですが、またもや苦渋の決断を強いられました。
私たちは現在、大震災と肩を並べるような生命(いのち)の危険に晒されています。21世紀という科学の発展した時代にもかかわらず、人類は、危機に直面しているのです。世界は、第二次世界大戦の終結から冷戦体制崩壊までの約半世紀の間、アメリカ合衆国の覇権のもとで、朝鮮戦争やベトナム戦争の勃発にもかかわらず、民主主義と経済的自由主義により、「例外的な安定期」を迎え、発展を遂げました。なかでも、敗戦国日本は、皆さんも承知のように、製造業を土台に大きな経済発展を遂げることができたのです。ところが、冷戦体制の崩壊からの30年間は、明らかに「大きな変化と危機の時代」に直面しています。
その変化とは、冷戦体制の崩壊とコンピュータを駆使した情報革命により、ヒト・モノ・カネが国境を越えて自由に移動するグローバル化が進展し、持てる者と持たざる者の貧富の格差がますます拡大しながらも、「地球一体化」が進行したことです。すなわち、国民国家が経済競争を繰り広げながらも、世界は、運命を共有する一個の共同体を次第に形成するようになってきたのです。とりわけ、情報革命の波は急速かつ普遍的であり、後発国であった中国が情報産業を土台に台頭し、アメリカ合衆国の覇権にとって代わろうとしています。
この「地球一体化」という変化と並行して、二つの危機が進行しています。一つの危機は、温室効果ガスによる地球温暖化、気候変動です。もう一つは、今回の中国武漢発祥の新型コロナウィルスの世界的な感染爆発、パンデミックです。
産業革命の19世紀から人類は、蒸気機関の使用による工業化によって飛躍的に生産力を延ばすことに成功し、豊かで便利な消費生活を享受してきました。しかし、消費生活を豊かにするポジティブな生産物には、ネガティブな生産物、すなわち、廃熱、廃物が伴うことを、人間は愚かにも忘れてきたのです。廃熱は、地球の生態系が媒介する水と大気の循環によって、宇宙に捨てられてきました。しかし、30年前の1980年代の後半から、人間の経済活動に起因するCO2の排出量は、ついに地球生態系のCO2の吸収能力を上回るようになり、地球の気温上昇が気候変動を引き起こすようになりました。パリ協定とSDGs(持続可能な開発目標)において、世界共通の目標温度設定は「1.5 度の地球温暖化」ですが、気温上昇は既に約1度を超えており、21世紀の末には、約3度の上昇に至るのではないかと予想されています。昨年の台風19号は、海水温度の上昇により、その勢力を増長し、阿武隈川、吉田川で河川氾濫を引き起こし、東北地方に人命の喪失と甚大な被害をもたらしました。
パンデミックについていえば、世界保健機構(WHO)が「医学の発達により感染症はいずれ制圧されるはず」と述べたのは、1980年に人類をもっとも苦しめてきた天然痘の根絶を宣言した時でした。ところが、その後、AIDSが地球上に広がり、インフルエンザウィルスも、ワクチン開発の裏をかくように「新型」として流行しました。私の専門は西洋経済史ですが、黒死病といわれるペストは、人々の生活や経済の発展に大きな影響を及ぼしてきました。ペストに対する最近の研究では、気候と生態系との因果関連が問題とされています。14世紀のペスト大流行によりヨーロッパ人口の三分の一が喪失したのですが、当時の気候は寒冷期を迎えており、農業革命による森林地帯の開墾のせいで、ペスト菌を媒介するネズミの天敵であるキツネや狼が生息地を亡くしたことが大流行の背景にあったと指摘されています。現実の危機は常に多様な要因が複雑に絡みあって起こっています。パンデミックは、社会経済的変化、気候変動、生態系の変化が微妙に重なり合って勃発しているように思えるのです。
全ての卒業生、大学院修了生の皆さん。皆さんが生きていく時代は、「例外的な安定期」などでは決してなく、この30年間に見られるような「大きな変化と危機の時代」です。しかしながら、危機(クライシス)は、新しい時代を創造する好機(チャンス)でもあります。東日本大震災を経験し、大震災による危機を克服する人々の姿に励まされながら勉学に努め、友情を育んできた皆さんには、人類が直面する変化と危機を克服する力があると確信しています。社会に出てから、東北学院大学での学びの成果を発揮すると共に、勉学意欲と探求心を忘れずに、この「大きな変化と危機の時代」を乗り越えて行ってください。東北学院のスクール・モットーは、LIFE LIGHT LOVEです。「大きな変化と危機の時代」だからこそ、LIFE生命や個人の尊厳を大切にし、LIGHT学問や科学の成果によって新しい時代を切り開き、LOVE隣人愛をもって地域や世界に仕えていってほしいと願っています。
最後に、聖書の言葉を皆さんに贈ります。「現在の苦しみは、将来わたしたちに現わされるはずの栄光に比べると、取るに足らないとわたしは思います」(新約聖書ローマ人の信徒への手紙第8章第18節)。
2020年3月23日
東北学院大学 学長 大西 晴樹